ミヤコカナヘビのページ
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ミヤコカナヘビはこれまでも宮古島市の条例によって採集が禁止されていましたが,2016年3月から「種の保存法」の対象種となり,現在では,国の法律によっても捕獲・採集や譲渡・販売などが厳しく規制されています.さらに,2019年6月から新たに沖縄県の天然記念物にも指定されました.
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【ミヤコカナヘビってなに? 】
ミヤコカナヘビは宮古島と周辺の離島に固有のトカゲで,1996年に新種 Takydromus toyamai として名前が付けられました.学名のtoyamai は,宮古諸島の爬虫類研究の発展に多大な貢献をしてこられた当山昌直氏に由来します.それ以前から宮古にカナヘビがいることは知られていましたが,それは沖縄や奄美に生息するアオカナヘビと混同されていました.つまり,この2種はそれだけよく似ていたのです.
ミヤコカナヘビがアオカナヘビと異なるのは,おなかの鱗の列が8列あること(アオカナヘビでは6列),体の側面が一様に緑色ないし黄緑色をしていること(アオカナヘビでは白い線がある)などです.
【近縁種との関係】
2000年代の初頭に,DNAの情報を使ってカナヘビ類の類縁関係が調査されました.その結果は予想外のものでした.ミヤコカナヘビは,姿がよく似たアオカナヘビや,地理的に隣接した八重山諸島のサキシマカナヘビとではなく,台湾や中国大陸にいる種に近縁だったのです.なぜ,宮古諸島に系統が異なるカナヘビがいるのか,宮古諸島の島としての成立の歴史を研究するうえでも重要なヒントが隠されていそうですが,今のところよく分かっていません.
ミヤコカナヘビと最も近縁なのは台湾のスタイネガ-カナヘビあるいは中国大陸のキタカナヘビです.これらの種の体色は主として薄い茶色で,オスでは体側が黄緑色になります.一方,アオカナヘビ,サキシマカナヘビに近縁なのは台湾のザウテルカナヘビという種で,こちらは全身緑色です.つまり,琉球列島のカナヘビ3種のなかでミヤコカナヘビだけが由来が異なる薄茶色の祖先から進化したというわけです.このように,ミヤコカナヘビは,宮古諸島の動物相の成り立ちや島の成因を考える上で学術的に高い価値を有するだけでなく,トカゲにおける体色の進化の過程を知るうえでも貴重な存在ということができます.
【ミヤコカナヘビの生活史 】
ミヤコカナヘビの生態に関する詳しい研究はなされていません.現在までにおおよそ次のようなことが分かっています.
<繁殖>
・交尾期:少なくとも春季を含む時期.
・産卵:メスは春から夏にかけて複数回産卵します.1度に2-3個の卵を産みます.
・卵:卵は1ヶ月ほどで孵化します.
・孵化:生まれたての子どもは頭胴長2.5 cm,尾長5.7 cm 程です.
・成熟:産まれた子どもは翌年には成熟し,繁殖を始めると考えられています.
<生活>
・多くの昼行性のトカゲ類と同じように日光浴による体温調節をします.
【絶滅危惧種ミヤコカナヘビ 】
ミヤコカナヘビは,かつてはちょっとした草むらで普通に見られたそうです.ところが,ここ20~30年の間に大幅に数を減らし, 2014年発行の環境省版レッドデータブック(日本の絶滅のおそれのある野生生物をまとめた本)では,最も絶滅の危険性の高いカテゴリーである「絶滅危惧IA類」にリストされています.絶滅危惧IA類の爬虫類は全国でも4種しかなく,ミヤコカナヘビはその一種ということになります
ミヤコカナヘビは宮古諸島に固有ですが,それでも絶滅危惧IA類の他の3種に比べれば分布範囲も広く,生息環境も本来ありふれているはずの「草むら」です.それでも数が減り,種の存続が危ぶまれる状態に陥っています.深山の森林に棲む生き物だけでなく,我々と隣り合わせに暮らすこのような小動物に,今,何かが起きています.
【ミヤコカナヘビ減少の理由は?】
ミヤコカナヘビの個体数減少の理由として次のようなことが考えられています.
1)生息地の消失
これが個体数減少の一因であることは確実です.私たちが本格的にミヤコカナヘビを調査するようになったここ数年の間にも,実際につぶれてしまった生息地があります.とはいえ,生息地の消失が,全体としてどの程度の規模・速度で進行し,どれくらい種を圧迫しているかは分かっていません.
2)捕食性外来種の影響
島に持ち込まれ繁殖しているイタチやクジャクなどです.野良ネコもそうかもしれません.イタチやクジャクが小動物に悪影響を及ぼしている可能性は県内各地で指摘されています.とはいえ,ミヤコカナヘビについては,具体的な調査の結果に基づいて言われているわけではありません.
3)農薬の影響
畑で使われる農薬のほか,除草剤の散布も,草むらに棲むミヤコカナヘビに悪影響を与えている可能性があります.とはいえ,調査・研究がなされていない点は2と一緒です.
4)ペット用の販売を目的とした採集
ミヤコカナヘビは爬虫類愛好家の間で人気があるようで,売買もされています.他のカナヘビとセットで飼育される場合もあると聞きます.飼育には,動物を身近に感じたり,より深く知ったりするという利点もありますが,商業目的の乱獲を招き,野生集団が圧迫される一因にもなります.そもそも,ミヤコカナヘビは宮古島市自然環境保全条例により採集が禁止されています.
このように幾つかの要因が考えられていますが,ミヤコカナヘビ減少の主原因はよく分かっていません.それを知るために,とにかく調査・研究が必要です.その第一歩として,まずは,ミヤコカナヘビどんなところにどれくらいいるのか,現状を把握することが急務です.
【参考文献】
このサイトの作成にあたり,次の文献を参照しました.
● Lin, S.-M., C. A. Chen, and K.-Y. Lue. 2002. Molecular phylogeny and biogeography of the grass lizards genus Takydromus (Reptilia: Lacertidae) of East Asia. Molecular Phylogenetics and Evolution 22: 276–288.
● Lue, K,-Y., and S.-M. Lin. 2008. Two new cryptic species of Takydromus (Squamata: Lacertidae) from Taiwan. Herpetologica 64: 379–395.
● 前之園唯史・戸田守.2007.琉球列島における両生類および陸生爬虫類の分布.Akamata (18): 28–46.
● 持田浩治・竹中践・ 戸田守 .2013.カナヘビ類が日中に利用している微生息環境. Akamata (24): 13-16.
● 持田浩治・竹中践・ 戸田守 .2013.ミヤコカナヘビの孵化幼体サイズの一例報告. Akamata (24): 29–31.
● 饒平名里美・当山昌直・安川雄一郎・陳賜隆・高橋健・久貝勝盛.1998.宮古諸島における陸生爬虫両生類の分布について.平良市総合博物館紀要 (5): 23–38.
● Ota, H., M. Honda, S.-L. Chen, T. Hikida, S. Panha, H.-S. Oh, and M. Matsui. 2002. Phylogenetic relationships, taxonomy, character evolution and biogeography of the lacertid lizards of the genus Takydromus (Reptilia: Squamata): A molecular perspective. Biological Journal of the Linnean Society 76: 493–509.
● Takeda, N. and H. Ota. 1996. Description of a new species of Takydromus from the Ryukyu Archipelago, Japan, and a taxonomic redefinition of T. smaragdinus Boulenger 1887 (Reptilia: Lacertidae). Herpetologica 52: 77–88.
● 竹中践.1996.カナヘビ類.p. 78–79. 千石正一・疋田努・松井正文・仲谷一宏(編)日本動物大百科5両生類・爬虫類・軟骨魚類.平凡社,東京.
● 竹中践.2014.ミヤコカナヘビ.p. 6–7. 環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室(編)レッドデータブック2014—日本の絶滅のおそれのある野生生物3爬虫類・両生類.ぎょうせい,東京.
● 田中聡・嵩原健二.2003.先島諸島における野生化したインドクジャクの分布と現状について.沖縄県立博物館紀要 29: 19–24.
● 当山昌直・疋田努.トカゲ類の交尾写真三例.両生爬虫類愛好会誌 (4): 13–14.